響け!ユーフォニアムみんなの話が発売され、響けユーフォニアム3年生編では分からなかったことが明らかになりました。作者の武田綾乃先生自身が決意の最終楽章とみんなの話を「ミステリの謎と答え合わせ的な関係にあり、構成段階からセット」と言っています。そこで、ここでは本編では明らかにされなかった真由の真意、また真由の概念自体について私なりの考えを書いていきます。
真由の真意
さて、決意の最終楽章での真由と言えばソロを辞退したい辞退したいと久美子に繰り返し告げて、その度に久美子から断られ、しっかり理由を説明された上で納得しないという、「厄介なキャラ」だったと思います。どれだけ久美子が北宇治のルール、考えを説明しようと同意を示さない真由は奏から「宇宙人のような人」と称されています。
響け!ユーフォニアムのみんなの話で真由の考えについて奏が直接聞き出してくれました。奏、ありがとう。
真由が吹奏楽をやる目的
奏「黒江先輩はどういった目的で吹奏楽部の活動を行っているのですか?」
真由「同窓会に呼ばれたいんだ、私」
???
はい。直後でちゃんと説明してくれます。
真由「卒業して何年か経てば吹奏楽部で同窓会をすることがあると思う。その時にみんなの輪の中にいたい。大会で良い結果になれば学生生活に満足する部員が多いだろうから同窓会をする可能性が高くなる」
これは真由の行動を端的に説明してくれているシーンで、つまり真由にとって全国金は目的ではなく手段にすぎないんです。
久美子など多くの部員は全国金を目標に部活をやっていますが、真由はそうではない。真由は同窓会開催のために全国金をとろうとしていたのです。
ここが黒江真由の異質さであり、他の部員との違いになる部分でしょう。
真由の目的は良い思い出を作り、同窓会に呼ばれることなのです。
真由はオーディションに本気で挑んだのか?
これも本編では描写されていなかったことですが、例によって奏が直接聞き出してくれています。
奏「オーディション、どの程度本気だったんですか?」
真由「そんなこと聞かなくてもいいんじゃないかなぁ」「久美子ちゃんがソリストっていう結論がすべてじゃないかなって」
お茶をぐちゃぐちゃに濁されてますね笑。しかし、この「そんなこと聞かなくていいんじゃないかな」という答えが非常に重要で、後の方に説明します。
その後真由が「久美子ちゃんがますます好きになった」「久美子ちゃんの笑顔が見たい」と言った上で
「オーディションで手を抜いたわけではない。ソリを吹きたいという熱量の差を滝先生に見抜かれたんだと思う」「その気持ちがオーディションの結果」
と言っています。そしてこの久美子がソリという結果に真由は満足していると。
真由のこの答えからはオーディションを本気でやっていたかは分かりません。それは真由本人にしかわからないことです。しかし仮に本気であったとしてもそれは「自分の負けを心から願いながらの本気」でしかないです。
久美子と真由の実力差は?
では仮に本気だったとしたら2人の実力差はどうだったんでしょう?響け!ユーフォニアム決意の最終楽章後編にて、奏と緑輝が2人の実力の差について触れています。
奏「久美子先輩と黒江先輩に大きな差があるならいざ知らず、二人の力量って好みの違い程度でしょう?(関西大会オーディション後の久美子との会話にて)」
緑輝「真由ちゃんと久美子ちゃんの演奏の実力って、ぶっちゃけ同じくらいで、あとは好みの問題やと思うねんな?(関西大会オーディション後の久美子、麗奈、葉月との会話にて)」
2人は、久美子と真由について「ほぼ実力差がない」としています。
しかしながら、これはどちらも関西大会のオーディションで真由がソリになった後に「久美子がソリをやった方が良い」という立場に立ち、その理由を話す場面での発言になります。
そのためこの文脈だと久美子より真由の方が上(あくまで好み差程度)と言っているように感じます。
また、奏は響けユーフォニアムみんなの話にて
「真由が奏よりも上手いのは間違いない。では久美子と比べたら?上位互換。その四文字が静かに脳裏に浮かび上がる」
という独白をしていることから、真由の方が上かもしれないと思っているようです。
オーディションでの滝先生の評価は?
京都大会前のオーディションでは久美子がソリになりました。しかしながらこのオーディションは公平とは言えるものではなかったでしょう。
滝先生は、久美子のオーディションにて吹くことになっている箇所が1つ残っているにも関わらず、「以上で大丈夫です、お疲れ様でした」と言って終了し、そのことを久美子から指摘されても「必要ないので大丈夫です」と答えています。
久美子の演奏順がユーフォニアム奏者の中で最後であるなら、「久美子が1番上手い」と判断した瞬間もう演奏を聞く必要がありませんが、この時は久美子の後に真由がオーディションを受けるという順番です。
久美子と真由の実力が近いと事前に知っているならば課題箇所全てを演奏させる必要がありますが、滝先生はそうしませんでした。
このことから京都大会のオーディションで「公平なオーディション」が行われたとは言い難いでしょう。滝先生は最初から久美子をソリにすると決めていたのです。
関西大会前のオーディションでは京都大会のようなことはなく、指定された箇所を全て演奏していました。そのため、今回は公平に判断しようという意図が滝先生にあったのでしょう。その結果、真由がソリになりました。
なぜ京都大会と関西大会で判断が変わったのかは奏が考察してくれています。奏、ありがとう。
奏「(滝先生は)自分の好きな音楽を作ることと、コンクールに媚びること。ふたつのあいだをさまよってフラフラされているように見えます」
奏「(チューバが4人編成に変わったこと、ソリが変わったことについて)京都大会のときは滝先生の音楽的な好みが大きく反映されていましたけど、関西大会に近づくにつれてどんどんそれがかき消されているような気がします」
つまり、よりコンクール受けする音楽を作るとしたら真由の方がソリの奏者として優れていると滝先生が判断したのではないかということです。北宇治高校の目標は全国金ですから、そこに近づくコンクール受けする音楽を作るというのは「正しい」考えです。
またこの一件は「北宇治の実力主義」を作り出した滝先生自身は、コンクールの結果に向けてという意味では常に実力主義だったわけではない(少なくとも京都大会では)、ということを示唆しています。
そして全国大会前のオーディション。先程の一連の流れから、真由が本気でオーディションを受けたかは分かりません。しかし、負けることを心の底から願って望んだオーディションであることは紛れもない事実です。
結果久美子がソリになりましたが、これが久美子の方が真由より上手いと言える根拠とは言えないでしょう。
個人的には関西大会後の奏の発言から、コンクール受けの観点では「真由の方が上」
そして滝先生が個人的に好む音楽を作るという観点では「久美子の方が上」
という解釈をしています。
全てを叶える真由
その後北宇治は全国金をとりました。
真由自身はコンクールの結果に執着していませんが、他の部員が金賞を望むのであれば、みんなの幸せを望む真由も金賞を望みます。これにより真由はみんなにとって良い思い出を作り、同窓会に呼ばれる可能性を高めることができました。
真由にとって全国金は目的ではなく手段に過ぎないのです。その意味で真由は他の部員の1つ先を見ているとも言えるでしょう。
そしてこの全国金は真由と、久美子を初めとする他の部員にとって別の大きな意味を持ちます。
北宇治高校吹奏楽部の部員の多数派の願いは「久美子がソリを吹くこと」「全国金を取ること」「実力主義が維持されること」です。
前者2つを叶えることはできました。
しかし「実力主義が維持されること」は叶ったんでしょうか?
本当に真由は本気でオーディションに挑んだのか?滝先生は公平に選考したのか?
そもそも北宇治の実力主義とは?
実力主義が維持されたかを考えるにはまず、北宇治の掲げる実力主義とはいったいなんなのか?この前提を共有しなくてはいけないでしょう。
これは明確な正解は存在せず、人によって違うというのが私の見解。あれだけ実力主義を強調していながら、そこに対する考え方は部員1人1人違い、滝先生でさえ別の考えを持っています。主要キャラ達の考えを3つ程紹介します。
久美子、葉月派:音楽的な面だけ考えた時に最も力を出せるメンバーを選ぶべき。学年や人間関係、役職の有無が影響するのは絶対にいけない。しかし、楽器によってメンバーに選ばれる難易度が違う(チューバのすずめとユーフォの奏のように)のは全く問題ない。
これが北宇治の実力主義を考えた時に最も近いと多くの人が感じるものでしょう。これは、久美子2年生編である「北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章」で1年生指導係の加部ちゃん先輩、久美子が奏世代の1年生全体に対し、オーディションの説明をした時にしたものであり、「北宇治としての公式見解」としても受け取れます。これを原理実力主義と私は勝手に呼びます。
緑輝、奏派:音楽面だけでなく、学年や人間関係が多少オーディションに反映されても問題ない。実力差があるのに下手な方が選ばれるのは問題だが、ほぼ変わらないなら部内の雰囲気を考えた方が結果的により良い演奏に繋がる。演奏するのは機械ではなく人間だから。
これを修正実力主義と勝手に呼びます。原理実力主義派より現実的な考え方ですね。しかし、これは結局学年や人間関係によってメンバー選考に差がでるということで原理実力主義の人達から受け入れられることはないでしょう
麗奈派:滝先生の選択こそが正しく、オーディションで選ばれた人が実力ある人である。つまり、滝先生のオーディションこそが実力主義である。
これは麗奈派というか麗奈だけですねw
これは実力あるメンバーが選ばれるのではなく、滝先生に選ばれた人が実力あるメンバーということで関係が逆転しています。これはかなり特殊で、ある意味「実力主義とは何か」というテーマには答えていないように私は思います。また、この考え方は当然ですが、1,2年生から滝先生を盲信していると言われています。
強いて言うなら、顧問の選択を全員が信じることがより良い演奏に繋がるという考えでしょうか。
真由の実力主義
真由は修正実力主義に近い考えを持ってます。これは決意の最終楽章後編で久美子が「100パーセントの北宇治の見たいからオーディションに全力で挑んで欲しい」と言ったシーン対し、「それならやっぱり久美子が演奏するのが良い」と答えたシーンから言えるでしょう。
真由にとって実力主義なんてどうでもいい
ですが、真由にとっては実力主義である必要性は全くないんです。なぜなら実力主義は全国金のためのもので、真由自身は全国金を取りたいという強い気持ちがないから。
これは作中で
「全国金でだろうが銅だろうが友達と一緒にいられたらそれでいい」「コンクールの結果がついてこなくてもみんなと吹いてるだけで楽しい」
と言っていることから言えます。
実力主義を考える上での落とし穴
ここから真由の考えを考察していきたいですが、そもそもこの「実力主義」は何のためにあるんでしょうか?
それは、ずばり「全国金」をとるためでしょう。実力主義はあくまでその手段に過ぎないのです。公平性のための実力主義ではありません。このことは原理実力主義者の久美子も繰り返し言っています。全国金のための実力主義であると。
全国金により、「みんなの」実力主義を維持した真由
実力主義が維持されたかは「ソリの奏者」「全国金」のように誰の目からも明らかになるようなことではありませんから正直分かりません。
しかし、全国金さえとってしまえば「実力主義が維持されること」なんてどうでもいいんです。北宇治の実力主義は全国金のための手段に過ぎず、全国金さえとれば関係ないことだから。
全国金を取れたら真由の言うように、「(本気だったかなんて)聞かなくていいこと」であり「久美子がソリという結果が全て」です。そこに真由が本気だったか、オーディションが公平だったかは考える必要がありません。
つまり真由は北宇治高校の目標を実質的に全て達成したのです。これは、みんなの幸せを目標とする真由にとっても成功と言えるでしょう。
このストーリーは真由という、原理実力主義のアンチテーゼとなる存在が、原理実力主義を敗北させずに勝利したということです。
久美子視点では、公平なオーディションを行い、実力で真由に勝ってソリをして全国金をとるという最高のストーリーになっています。
対となる考えを負けさせずに自分の考えを勝利させる、そういった意味でこの結末はまさに「ハッピーエンド」でしょう。
黒江真由こそが最強キャラです。
真由のエゴ
真由がソリを久美子に譲ったのはその方が人間関係的に良い上、それがコンクールの結果に繋がるからということですが、実はそれだけではありません。
真由というキャラは本当に久美子が好きです。真由久美子の組み合わせは体感的にはそんなに人気ではないですが、真由が「久美子のことが好き」と言うシーンは本当に多いです。具体的には「(オーディション前の久美子の演説を聞いて)久美子ちゃんのことがますます好きになった」「(久美子に対し直接)私、入学してからずっと久美子ちゃんのことカッコイイなあって思ってた。」「(久美子と)いまよりもっと話したいなってこと」などのシーンです。
みんなの話で沖縄に行き真由と打ち解けたシーンの後では仲良くなり過ぎて麗奈から嫉妬されるくらいです。
つまり真由は単純に久美子が好きだから久美子にソリを演奏して欲しいというエゴも持っていたのです。久美子が真由を説得するシーン最後のシーンでは「久美子ちゃんの応援をしたいっていう私の本音は、無視されちゃうの?」と言い残していたこともその証左でしょう。
要約
真由が久美子にソリを譲ったのは心からそうしたかったからで遠慮ではない。その結果みんなにとってのハッピーエンド、真由にとってのハッピーエンド両方を手に入れた。
最後に
こうして書いてみるとキャラクターに直接考えを聞き、ある程度客観的に考えてくれる奏が有能すぎることに気づきました。奏、本当にありがとう。
この記事に対しての意見や感想を聞かせていただけると嬉しいです。



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